編:ちくま文庫編集部 出版社:筑摩書房(初出:キノブックス) 出版年:2025年(初出:2018年)
私自身、煙草は苦手だ。臭いが強いことと取れないことがその最大の理由である。他方、映画やアニメーションで表現される煙草の所作は格好良さと美しさがあり、なんともいえない哀愁や深みを感じるのも事実だ。また自分の生活を顧みれば、友人や知人の愛煙家たちの心遣いは特別な約束のように、そして彼、彼女らの煙草を飲む様子をどこか夢のように眺めていた。あまりにも美化しすぎだろうか。
さらに思い返せば実家の近所や小学校の通学路にあった煙草屋が次々と店を閉め、もう開くことのない小さなカウンター奥の暗さ、何十年も経ったボロボロのシャッターを見る度に何故か少しだけ寂しさを感じた。そこにあったはずの営みと人の影が再び現れることがないと子ども心にも理解できたからなのかもしれない。
本書は夏目漱石、芥川龍之介から最年少はヒロコヒーまで、小説家や人文学者、俳優、音楽家、漫画家、お笑い芸人ら計42名の煙草に関するエッセイや短文を集めたアンソロジーである。「煙草」という一つのキーワードで集まったエッセイは書き手の煙草遍歴やライターへのこだわり、極貧で煙草一本手に入れるのも必死だった苦労話など十人十色だが、その背景に煙草が徐々にその姿を消そうとしている様子が窺える。多くの文で喫煙所の廃止や公共交通機関での禁煙化が進んでいる様子がリアルタイムに近い感覚で綴られており、喫煙者の風当たりやその居場所が徐々に狭まってきていることへの心情が吐露されている。
その余波もあってかエッセイには病気や年齢、あるいは「なんとなく」という理由でタバコをやめた文筆家の姿も見える。一方で「五歳の時、はじめて煙草をすった」遠藤周作、「僕は体の健康よりも魂の健康や」と禁煙のムーヴメントを白い目でみる開高健のような人もある。ちなみに本書では扱われていないが、2024年には東海道、山陽、九州新幹線にあった喫煙ルームが廃止され、全車禁煙車両になった。分煙のための場所もなくなっていくこの状況を本書に選ばれた愛煙家の書き手たちはどのように思うのだろうか。
しかしあらためて思うのは、煙草とは、嗜好品とは、あまりにも替えの効かないものではないだろうかという念である。煙草とスマホを比べてみる。いずれも「手持ち無沙汰や時間の余白を解消するツール」という共通点はあるかもしれない。しかしスマホが画面の向こうのネットやアプリケーションに意識を向けさせるのに対して、煙草を吸っている(私は吸ったことはないが)意識の根っこがその人自身につながっているように思われるのだ「煙草を吸う」という行為は思索の延長であり、現実と地続きになっていながら、ただの沈黙にゆとりや余裕あるいは鎮静をもたらしているかのようだ。そんな余白を埋めるでも残すでもない絶妙な間を演出する嗜好品は今煙草以外に存在せず、またその代わりを見出すのは困難なように思われる。
煙草は公共空間から着実に姿を消しつつあり、それによって健康や火災というリスクに対して改善が見られることは大いに肯定する。結局、私は煙草が好きではない。しかし煙草のある空間から人生の余白や会話のあわいを感じるとき、映画俳優の煙草の仕草、煙に紛れて交わされる沈黙や会話に感じたあの純粋な憧れがもくもくと頭を漂い始める。それを否定することはどうにもできないのだ。

書き手:上村麻里恵









