著者:植本一子、滝口悠生 出版社:筑摩書房(初出:自費出版) 出版年:2024年(初出:2022年)

本書は写真家・植本一子と小説家・滝口悠生による2021年から2022年、そして2023年に送られた10往復の書簡からなっている。

書き手の一人、植本については以前本書評欄でエッセイ『かなわない』を紹介した(https://dohoku.net/s/n4fv)。『かなわない』は植本の日記やzine(自主制作書籍)を元にしており、2011年から2015年の間の出来事や心情が綴られている。植本はその後も複数の書籍や写真集を出版しているが、『かなわない』から『さびしさについて』を手に取ると植本の生活は実に6年近く経過していることになり、植本自身の生活や心情の変化や模索が垣間見える。

対して、滝口は書簡開始時に第一子が生まれたばかり。書簡の中で語られる滝口の子どもは赤ん坊から椅子に座るようになり、保育園の乳幼児クラスで親以外の人間と出会い、言葉を知り、人の顔を覚えていく。行動の一つ一つに対して滝口が心揺さぶられ、子の将来を思う様は、乳児や子育てに関わったことのある者は大いに共感するところなのかもしれない。その経験がなかったとしても滝口の言葉からは、子どもという他者の将来の平穏と成長を願う温かなまなざしが感じられる。

年齢としては滝口は植本の2つ歳上だが、子育てにおいては植本が先達である。滝口の子育てに関する所感と植本の記憶が互いの書簡の中でより合わされることで、その語りは互いの子だけでなく子どもだった時の自分と両親のこと、そして子どもや他者に「思い出される(されない)存在」としての自身についてのことへと変奏していく。

書簡という形式であることもさることながら、本作では「距離」が重要なキーになっているように思われる。書簡、それからこうした手紙は、瞬時に相手に届くとは限らないという特徴がある。メールやSNSと違ってすぐに届くものではない上に、内容が読まれたのかをこちらから確かめる術も限定される。

植本も滝口も相手の返事を急かすことはない(そんな手紙だったらそもそも続いていないだろう)。空いてしまった時間をすまなく思うよりも、その間に過ぎた季節に見たものを語りつないでいく。「こんなことがありましたね。こんなにも季節が変わっていきます。ところでそちらはどうですか」―今の世の中で手紙が促すのは、距離に対する信頼を持ち、その空白を再生させて他者に繋ぐことなのかもしれない。この信頼は他者への信頼だけではない。自分が他者を信じていると確証することは、自身の不安あるいは様々な怖気からの回復や光明にもなりうるのではないか。

他者から送られた他者への手紙という形を通して、読者である私たち―時間も地理的にも心理的距離からも二人の遠くにいる―は、生きている以上考えずにはいられない他者との距離について思いを馳せるきっかけを受け取った。距離も持つからこそ生まれた空白や言葉を私たちはどんな風に受け取り、紡いでいこうか。

書き手:上村麻里恵

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